竜角寺
の周辺

12月29日(日)
晴れ
竜神伝説が伝わる竜角寺を訪問しました。白鳳期に建立された寺院であるが何度もの火災で薬師如来が残るだけ。南方に丘があり良く整備されてた竜角寺古墳群になっている。両者を結ぶ落葉の古道”白鳳道”を歩けば密接な関係が分かる。房総風土記の丘や房総の村については休館中だったので桜の頃にもう一度紹介します。

竜角寺本堂の正面。左のイチョウは巨大で年輪を感じさせる。本堂は貧弱な建物のまま。

入口の階段を上がったところに仁王門跡がある。基礎の石だけだが大きさがよく分かる。

本堂の後ろの常夜灯。木の先に住職の墓なども。奈良の法起寺式伽藍配置をした壮大な寺だった。


三重か五重の塔の心礎。不増.不減の石といわれ穴に溜まった水は大雨でも日照りでも変化しなかった。穴径から塔高は30mと推定されている。
竜角寺(天台宗)
730年(天平2)に釈命上人が諸堂を建立したと伝えられる関東地区で最も古い寺院の一つ。薄葬令により古墳から寺院へとの移行期で印波国造の命によるものと思われる。度々火災にあい建物は焼失して壮大な伽藍配置は跡地が残るのみ。昔大旱魃の年に上人が祈祷を行うと一人の男が小竜となって天に昇り7日間雨を降らせ続けた。その後大竜の怒りにふれ小竜は身を三つに切られた。その頭が落ちたのが当地で寺を”竜角寺”と名づけた。この近在に竜腹寺、竜尾寺があり同じような竜神伝説が残っている。本尊薬師如来坐像(銅製、国重文)と塔跡(史跡)が残っている。像は深大寺の釈迦如来と共に白鳳仏として有名である。白鳳道は古墳群に至る古代から残る道である。是非歩いて色々感じ取ってください。

旧金堂跡に立つ校倉造りの資料館
三里塚にあった下総御料牧場から移設したものである。明治初期の建造物として保存されている。


本堂を後方から。薬師如来像が収まっている堂。像は火災のため首から下は江戸時代のもの。

白鳳道:竜角寺から南方に真っ直ぐのびて1.5kmで竜角寺古墳群に至る。谷で少し迂回する所あるが直線上であるのが地図で確認できる。

たくさんある古墳がNoを付けて整備されている。全部で113ケ所あるという。この先古墳広場。


大きいものもあるが大半は小型の円墳である。古代の墓だから”頂上に上らないで下さい”とある。

印波国造とその一族の古墳群で5世紀末から7世紀前半まで続いている。印旛沼を見下ろす丘の上に点在している。

石室(第108号)の模様。末期の古墳で副葬品は無かったが周溝から直刀や壷{須恵器)がでた。


房総風土記の丘にある旧平野家住宅。富津近くの庄屋の家であった。

房総風土記の丘にある旧御子神家住宅。安房丸山町の農家。

房総の村 入口の所に立つ前の県会議事堂。
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